鯖寿司の京都における歴史とは?発祥の理由や鯖寿司の豆知識も紹介

鯖寿司の京都における歴史とは?発祥の理由や鯖寿司の豆知識も紹介


  • 鯖寿司の発祥地はどこ?
  • 鯖寿司がなぜ京都で有名なのか?
  • 鯖寿司はいつから食べられるようになった?



こんにちは、京都で鯖寿司を提供している朝日屋です。
今回は上記の疑問にお答えします。


「鯖寿司といえば京都」のイメージはあるものの、意外に知られていない歴史。


鯖寿司の歴史には、通称「鯖街道」と呼ばれるルートが深く関係しています。「鯖街道」とは、福井県の若狭湾で獲れた魚介類を「京都(当時の都)」へ運んでいたルートのことです。


本記事では、京都の鯖寿司にまつわる歴史を鯖街道から紐解き、鯖寿司にまつわる疑問を解説します。この記事を読むことで、京都における鯖寿司の歴史を知ることができ、新しい豆知識を増やしていただけるかと思います。


それでは、まいりましょう。

鯖寿司の京都における歴史とは?

鯖寿司の京都における歴史とは?発祥の理由や鯖寿司の豆知識も紹介



現代で食べられている鯖寿司は、江戸時代に京都で誕生したと言われています。


古くから京都で食べられていた鯖は、日本海の若狭湾で獲れたものでした。しかし京都まで鯖を運ぶためには、漁港のある福井県からは2~3日かかります。(当時は徒歩で運んでいました)


一般的に考えれば、鯖がたくさん獲れる福井県で、さまざまな鯖料理が生まれると思いますよね。なぜ鯖寿司は福井県ではなく、京都が発祥地と言われているのでしょうか?


鯖寿司の発祥地が京都である理由は、福井県(若狭湾)から京都までの約80kmの距離(鯖街道)に隠されています。


京都における鯖寿司の軌跡と商売における鯖寿司の歴史をまとめました。

鯖寿司の発祥地は、なぜ京都?



京都で鯖寿司が発祥した理由は、冷凍技術が発達していなかった時代では「鯖の鮮度が落ちやすかったから」です。


若狭湾で獲れた鯖を京都まで運ぶためには2~3日ほどかかります。先人たちは「鯖を美味しく食べたい」「鯖を長く楽しみたい」と思いました。そこで鯖を美味しく食べるための保存方法として、塩鯖や焼き鯖の状態で運ぶようになりました。


塩鯖を酢でしめてシャリを加えた鯖寿司は、塩鯖をさらに美味しく食べる料理のひとつとして生まれたのです。

"鯖街道"を通って若狭湾から京都へ「鯖」が運ばれた



塩鯖を美味しく食べるために生まれた鯖寿司は、鯖街道の歴史と密接に関わっています。


若狭湾で獲れた鯖を運んでいたルートは、福井県小浜市を起点に、現代の京都府左京区にある出町柳までです。古代から若狭(現代の福井県若狭町)は「御食国(みけつくに)」として皇室や朝廷に地域の豊かな食材を納めていました。


海産物をはじめとする食材を京都へ運ぶ道は、若狭街道と言います。次第に若狭街道は「鯖街道」と呼ばれるようになりました。


鯖街道(若狭小浜から京都まで約80kmの距離)を歩いて運ばれていた塩鯖は、2~3日の間にちょうどよい塩加減になったと言われています。今では、鯖街道は「海と都をつなぐ若狭の往来文化遺産群」として日本遺産に登録されています。

京都では鯖寿司の発祥地として昔の習慣が受け継がれている

鯖寿司の京都における歴史とは?発祥の理由や鯖寿司の豆知識も紹介



繰り返しになりますが、鯖寿司は京都が発祥地で、有名な京料理のひとつです。


当時の鯖寿司には若狭湾で獲れた鯖を使用し、祭や行事などのハレの日に家庭料理として食べられていました。春の葵祭・夏の祇園祭・秋の時代祭など、鯖寿司は季節ごとの祭で食べる庶民のご馳走でした。


京都府内各地で行われる祭では、鯖寿司を食べる習慣が今でも残っています。


商売においては「いづう」さんの鯖寿司が始まり?

鯖寿司の京都における歴史とは?発祥の理由や鯖寿司の豆知識も紹介



もともと家庭料理として親しまれていた鯖寿司ですが、商売として始めたのは京寿司専門店「いづう」さんだと言われています。


江戸時代の1781年(天明元年)に創業した「いづう」さんは、初めて専門店として鯖寿司を販売しました。最近では、鯖寿司を提供する寿司店は、京都府内だけでも20店舗以上あります。


それぞれの寿司店がこだわりの鯖寿司を提供しています。お店のホームページから直接購入でき、全国で手軽に鯖寿司を楽しめるようになりました。

鯖寿司が有名な「都道府県」は京都以外ならどこ?


引用:鯖街道針畑越え|小浜市観光・おばまナビ



鯖寿司が有名な都道府県は、京都以外に3つあります。


<鯖寿司が有名な都道府県>

  • 京都府
  • 福井県
  • 滋賀県
  • 兵庫県

福井県



福井県は、鯖寿司の他にも「焼き鯖寿司」発祥の地としても有名です。


古くから福井県の若狭湾では鯖がたくさん獲れていました。鯖街道の始まりである福井県の若狭小浜(現在の福井県小浜市)は、鯖の聖地と言っても過言ではありません。

滋賀県

引用:うちの郷土料理 滋賀県 鯖の棒ずし(さばのぼうずし)|農林水産省



滋賀県は「鯖の棒寿司」が有名です。
その他にも「焼き鯖寿司」「姿ずし」「なれずし」等があります。


鯖街道(福井県〜京都)の中間地点に位置している滋賀県は、若狭湾だけでなく、敦賀湾でも鯖が多く獲れました。鯖がたくさん獲れることから、滋賀県では鯖を使った料理が豊富です。

兵庫県



兵庫県には、鯖街道から兵庫県中東部にある丹波篠山(たんばさやま)へ続くルートがありました。丹波篠山に着くころにはよい塩加減になっていたと言われ、兵庫県でも鯖寿司は郷土料理のひとつです。


収穫を祝う秋の祭では、新米を使って鯖寿司を作り、竹の皮で包んだ棒寿司が受け継がれています。

鯖寿司についてよくある質問(Q&A)



<鯖寿司についてよくある疑問>

  • 鯖寿司とバッテラの違いはなに?
  • 焼き鯖寿司の発祥の地も京都?
  • 鯖寿司に使われている昆布ってなに?


Q. 鯖寿司とバッテラの違いは?

鯖寿司バッテラ
作り方巻きすで形を作る型や木枠を押しぬいて形を作る
使う鯖の厚み半身を使う薄く切ったものを使う
見た目鯖の身は分厚く、丸みのある形をしている鯖の身は薄く、四角い形をしている
鯖寿司とバッテラの違い



鯖寿司とバッテラは、作り方と見た目に違いがあります。


また、鯖寿司の発祥地は「京都」ですが、バッテラの発祥地は「大阪」です。


大阪の南船場にあった「すし常」さんというお店の創業者が、明治20年代にバッテラを考案したと言われています。現代のバッテラは鯖を使いますが、もともとはニシン科の「コノシロ」という魚を使っていました。昔は、コノシロがたくさん獲れたからです。


しかし次第にコノシロの漁獲量が減り、通年で安定的に獲れる鯖が使われるようになりました。


※バッテラの語源:ポルトガル語の小舟(バッテイラ)

※参考記事
鯖寿司とバッテラには4つの違いがあった!詳しく解説します

Q. 焼き鯖寿司の発祥地も京都?



焼き鯖寿司の発祥地は、京都ではなく福井県です。


焼き鯖寿司が生まれたのは、意外にも2000年と新しい料理です。もともとお持ち帰り用焼き肉店だった「越前三国湊屋(えちぜんみくにみなとや)」さんが、2000年5月に、三国町で有名な「三国祭」で焼き鯖寿司を披露したのが始まりです。


福井の伝統料理「浜焼き鯖」と「寿司」をヒントに試行錯誤した結果、焼き鯖寿司が生まれたそうです。


その後、福井県のお土産として人気になり、福井県優良観光土産品推奨審査会で優秀賞を受賞しています。飛行機で食べる弁当「空弁」としても大人気で、羽田空港の空弁では5年連続売上1位を獲得しました。

Q. 鯖寿司に使われている昆布ってなに?



鯖寿司に使われる昆布は、「白板昆布」や「求肥(りゅうひ)昆布」といった昆布が使われています。鯖寿司に昆布をかぶせる理由は、鯖の表面の乾燥を防ぎ、昆布のうま味でより深い味わいにするためです。


昆布に関する詳しい解説は、白板昆布ってなに?鯖寿司に使われる2つの理由を解説!をご覧ください。

まとめ

鯖寿司の京都における歴史とは?発祥の理由や鯖寿司の豆知識も紹介



鯖寿司は、江戸時代に京都で誕生したと言われています。


鯖街道に深く関係している鯖寿司は"鯖を美味しく食べたい"という先人達の思いから誕生した軌跡も魅力の一つです。鯖寿司はご馳走として今でも特別な日に食べられ、大切な方への贈り物としても愛される京料理です。


朝日屋では1年を通して、その時期に獲れる最高の鯖を使って鯖寿司をご用意しております。京都の歴史と技を詰め込んだ「朝日屋」の鯖寿司を、ぜひご自宅でもお召し上がりください。